<   2017年 08月 ( 16 )   > この月の画像一覧

ありがとう

今日、久しぶりに従姉たちと食事会。といっても弁当を買ってきて食べて、お喋りをしただけ。でも楽しかった。
年が年だけに、健康や認知症予防が話題に上るのは致し方ない。
週刊誌に、看取りや相続に関する記事が出ていた。
親世代が、まず心がけることとして、毎日体重を計ること、その日自分が使った金額を記録すること、一日に10回ありがとうと言うこと、そう書いてある。
数字を意識するのは、認知症予防にもいいらしい。ありがとうと、いうのは、感謝の心を持って生きよということだろうか。
私は一人暮らし、どうやって10回言おうかと言ったら、朝昼晩仏壇の前で感謝したらいいよ、と言われ、成程と納得。
そういえば、夫の位牌に向かって、今日も頑張るね、とは言っても、ありがとうとは、言ってなかったなぁ。
今晩から、言おう。でも、私のことだから、いつまで続くことやら。
[PR]
by sekizono | 2017-08-30 19:23

夕景

今夕方、ツクツクボウシが鳴いている。
隣家に泊まりに来ている孫が、なにやら泣きわめいている。
もう一つのお隣さんでは、犬が吠えている。この犬は、少し前まで室内で飼われていたが、大きくなったので、室外で飼うようにしたようだ。
でも、中に入れてほしいようで、しょっちゅう吠えている。
セミと幼児の鳴き声と、犬の吠える声。慣れたつもりだが、暑いときは少しウザイ。
[PR]
by sekizono | 2017-08-25 18:22

ポンコツ

月に一度病院でコレステロールと血圧の薬を処方してもらっている。
血液検査の結果を貰ったが、極めて正常。肝機能、腎機能、問題なし。糖尿病の予兆もなし。中性脂肪も正常値。薬のせいかコレステロール値も正常値。
医師から、どうですかと、聞かれて、
「朝、ちょっと頭が重いけど、動いているうちに、良くなります。この年になったら、朝からシャンシャン動けるなんてそういう人のほうが少ないと思うようになりました」
と答えたら、笑っていたが、まだ十分若い女医さんなので、この感覚は分からないだろうなぁと思う。
同級生と話していても、何らかの処方を受けている人は多い。
雑誌に、人間のいろいろな機能の寿命は、70歳くらいまでと書いていた。
医学の発達で寿命は伸びてはいるが、私の体は、ポンコツなのだと自覚して、大切に使っていこう。
[PR]
by sekizono | 2017-08-24 16:26

ライセンスの再認証

久しぶりにワードを使おうと思ったら、「サブスクリプションの有効期限が切れています」こんなメッセージが出た。
ライセンスの再認証をしなければならないらしい。
プロダクトキーを打ち込み、マイクロソフトアカウントを入力しと続けていたら、パスワードが違うとメッセージが出た。
ウインドウズ10は去年購入したが、設定はすべて業者におまかせだった。
アカウントやパスワードを記入したものを貰っているし、パソコン内のアカウント管理のところも調べてやっているのだが、うまくいかない。
アカウントを作成しなおさないといけない。なんだか力が抜けて、今日はこれでお終い。
明日以降、再挑戦だ。
[PR]
by sekizono | 2017-08-21 15:45

新諸国物語

子供のころNHKラジオで新諸国物語というドラマが放送されていた。笛吹童子もその一部だった。
テレビもない時代、楽しみでよく聞いていた。
♩ヒャラーリ、ヒャラリコ、ヒャラーリ、ヒャラレロ、誰が吹くのか、不思議な笛だ~なんて、オープニングの音楽を思い出した。
もう一つ、紅孔雀なんていうドラマもあった。
♩まだ見ぬ国に 住むという 紅き翼の孔雀鳥~なんて、主題歌を思い出した。
これも、東映で中村錦之助主演で映画化されて大ヒットしたそうだ。(ネット情報)
こんな昔のことを思い出していていいのか、と思うが、娯楽の少なかった時代だったから、頭に深く刻み込まれているのかもしれない。
[PR]
by sekizono | 2017-08-18 15:55

笛吹童子

子供のころ、小さな町だったが、映画館が2軒あった。テレビはまだ高値の花で、映画が娯楽の王様だったころだ。
東映の子供向け時代劇がたくさん上映されていた。
私の記憶の中の一番古いのは、中村錦之助主演の、笛吹童子シリーズ。東千代之介、大友柳太郎も出ていた。
悪役では、吉田義夫。
笛吹童子シリーズだったか、記憶がゴッチャになっているのだが、印象に残っているのは、切支丹伴天連の妖術を使う伴天連坊。
謎の中国人風のメイクで、子供向けの時代劇なのに、異国風のハレムみたいな屋敷で、女を侍らせていた。
思い返すと、あの頃、子供向けと銘打って、子供には結構エグイ場面も多かったような気がする。
あの当時の映画人は何考えてたんだか。



[PR]
by sekizono | 2017-08-17 15:03

没後30年

今年は、石原裕次郎没後30年とかで、週刊誌で特集記事が組まれていた。
私は、裕次郎の全盛期には遅れてきた少女だったので、イマイチ魅力は分からない。3歳下の妹も分からないと言っていた。
平均身長が今より低い時代。裕次郎は他の俳優より背が高かったのも魅力の一つだったと思う。長い脚で、太腿から蹴りだすような歩き方も独特だった。
あの当時、若い男性に裕次郎の歩き方を真似ている人が多かったのは覚えている。
脚の長さが決定的に違うのに、下手に真似をして、ガニ股になっていたっけ。
ラッパズボンと言われる、裾が開いたズボンが流行っていたころで、ガニ股で、ラッパズボンの裾をひらひらさせて粋がって歩いていたオニイさんたち。
彼らも、70代後半から、80代になっている。思い出すとほほえましい。

[PR]
by sekizono | 2017-08-16 15:53

海水浴場

子供のころ、海水浴場が近かったから、よく遊びに行った。
遠浅の海岸で、干潮になると、少々遠くに行っても膝ぐらいまでの深さだったから、子供たちだけで行っても安全だった。
あの時代、親はいのちきが大変で、子供の遊びに付き合っている暇がなかったという事情もある。
高度成長期に遠浅の海岸が埋立てに好条件だということで、海岸が埋め立てられ、工場地帯になって、景色は一変してしまった。
海水浴場や、アサリやマテ貝を掘りに行った海岸もなくなった。

雑誌に、写真や音楽で昔を思い起こすことは、認知症予防的には、悪くない方法だとあったから、記憶を掘り出してみようかな。
思い出したくないこともあるが、人間は、自分に都合の良いことしか思い出さないようにできているそうなので、ま、いっか。109.png


[PR]
by sekizono | 2017-08-14 16:27

饅頭

家の近くにある美味しいお饅頭屋さん。でも、駐車場は狭い。
13日は混雑が予想されるので、いとこから、私が代わりに予約して受け取っておいてほしいと頼まれた。
そうすれば、駐車の心配をしなくて済む。という訳で、12時に予約しておいたので、5分ぐらい前に行った。
店の中には受け取り待ちの人が、4、5人。作業場の中は、天手古舞。次から次へと饅頭が蒸し上がり、包装されていく。
予約の客も次々に訪れる。奥の方では、海苔巻きやいなりずしを作っているらしい声がしている。
時々、予約なしの客が訪れるが、饅頭は予約分しかないと、断られていた。
結局、20分待って饅頭を買えた。
[PR]
by sekizono | 2017-08-13 15:59

割烹着と悪口

割烹着は、主婦の象徴。だがこの頃はあまり見かけない。
かつては、お葬式のときや、地域の集まりなどには女性陣が割烹着を着て集まり、準備していたものだ。
子供のころ、私はそういう主婦があまり好きではなかった。
彼女らは騒々しく、大声で喋りあっていた。たいていはその場にいない人の悪口だった。
綺麗だったり、頭がよさそうだったりする人ほど、槍玉に上がっていたような気がする。
ボス的なおばさんが「いい学校を出ているから、コウトぶって」なんて憎々しげに言っていたのを思い出す。
コウトというのは、多分、漢字で言えば高踏という文字かなと思う。偉そうに、と毒づいたわけだ。
大人になって、あの悪口は、昔、娯楽の少なかった主婦たちの一種の娯楽だったのだろうと、思うようになった。
そういう思い出があるので、割烹着はあまり好きではない。
今、月1の女子会では、皆で楽しくお喋りはするが、悪口はでない。
主婦も人生を楽しめるようになって、悪口が娯楽の一種ではなくなったせいかもしれない。
でも、たま~に、気心のしれた人と、誰かの悪口を言ってみるのも、ストレスの解消になる。104.png
[PR]
by sekizono | 2017-08-12 14:17

日常生活を大切に


by sekizono